生活支援員のアドバイスで、アトピー(皮膚病)を治したひらくの事業所長の体験談とは?

就労移行支援、ひらくの事業所長 塩崎俊洋のアトピーで悩んでいた体験談

今から15年ほど前の話です。

当時は19歳で調理学校に入学して、その後コックとして飲食業界で働いていました。

勤務時間は1日12時間~は当たり前で繁忙期は16時間労働の日もありました。

ちなみに給料は15万円~18万円程度だったので時給換算300円程度だった思います。

将来、自分のお店を持つ事が目標だったので、「修行の身」だから「勉強しながらお給料を頂いている」という気持ちで

働いていたので、納得して働き、自分ではストレスとは思っていませんでした。

しかし徐々に体に異変がでてきました・・・

  1. ひどい手荒れで血がでる
  2. 腕の脇、股、関節がかゆくなり、ひっかき傷でボロボロ
  3. 週に1回の休みの日は全身がかゆくてイライラして妻にあたりちらす
  4. 寝ている間に体中をかきむしっているので、寝不足で通勤途中の信号待ちで寝落ちしてしまう

 

その頃の生活は?

皮膚科に行き・ステロイド入りの薬・かゆみ止めの内服薬をもらう

塗ると傷とかゆみが1か月ほどおさまる

しばらくするとまたひどい症状になる

ひどくなった傷を薬で治す

当時の思いとは?

長時間労働で中々病院に行けず、どうしようもなくひどくなってから病院に行くのは、寝不足、疲労、かゆみで「凄くつらいこと」でした。

ある日、皮膚科の先生に質問をすると?

そのようなアトピーに悩まされている生活を何年か続けていました。

ある日「うっ?」

疑問が生まれました。

そもそも、痒くならない方法はないのか?

今やっている事は

かゆみがものすごく出る

かきむしる

皮膚がひっかき傷でぐじゃぐじゃになる

皮膚科でぐじゃぐじゃになった皮膚を治す

おかしい・・・・・・

皮膚科に求めているのは、

そもそも痒くならない方法を教えてほしいと思い・・・・

そこで皮膚科の先生に聞きました。

「そもそもかゆくならない方法はありますか?」

皮膚科の先生の言葉

  1. アトピーの語源は「原因が分からない」だから「分からない」
  2. コックの仕事は油跳ねや、食器洗いの洗剤、等の理由で肌に良くないからやめた方が良い

1番を聞いて「先生でも分からないからしょうがないのかな~」

2番は「コックの仕事しかしたことないのに辞めたら生活できないよ~」

そもそも痒くならない方法はないのか?とあきらめてしばらくコックの仕事してました。

しかし、顔面がぐじゃぐじゃになり、人前に出られない=仕事できなくなるまでひどい状態になり、

今まで「アトピーの症状」で仕事を休んだことがないのに仕事に行けない症状に・・・

しかし、その日が来たのです。

連日、かゆみで寝られず疲労がピークに達したころ、

熱っぽいな~と朝起きたら、顔面がぐじゃぐじゃに傷とリンパ液、腫れあがっていました。

客商売の従業員として、職場には見た目的にはもちろん、衛生的に良くないので、

初めてアトピーで休むことになりました。

1週間ぐらい休んだと思います。

この時、物凄い危機感を感じました・・・・

「このままでは仕事ができない=生活費がない=家族を養えない」

何としても「アトピーを治さなければいけない」と!

今思えば、このタイミングが

アトピー=困り感を自覚

本気で向き合った時だと思います。

何をしたら治ったの?

  1. 自分でインターネット検索
  2. 妻に相談

治るなら「神頼み」でも何でもしようという意気込みでした。

  1. 自分でインターネット検索

皮膚の事を学びました。

皮膚には「バリア機能」があり、かきむしることで「バリア機能」が壊れ、ばい菌が入り腫れあがる

「バリア機能」を維持する為には

  • かかない
  • 保湿する

今まで、洗顔フォームもしたことなく、保湿液などクリームは「女性がやるもの」の価値観でした事ありませんでした。

しかし、そもそも論、「痒くなる事」の対策をしなければ、保湿液で「バリア機能」を作ることは来ません。

妻に相談したことで人生が変わる

妻は苦しんでいる私を一番側で見ていてくれた人です。

一生懸命情報を集めてくれました。

そのおかげで、ある有益な情報を得ることができました。

  1. 水道水を飲むのを辞めてミネラルウォーターを飲む
  2. 弱っている皮膚は敏感なので香料が入っていない赤ちゃん用の石鹸を使う
  3. かゆみ信号がでるのは、過剰な砂糖、油物、お酒を減らす

全部、同時に行いました。

特に

  1. 水道水を飲むのを辞めてミネラルウォーターを飲む

は妻の助言で納得しました。

私は青森県八戸市生まれで18歳まで育ちました、八戸市で暮らしていた時はアトピーで悩んだことはありません。

19歳で札幌の調理学校に1年行きました。アトピー発症しました。

20歳~23歳まで八戸市に戻り、アトピー治り、忘れていました。

24歳~仙台市で暮らし始めました。ずっとアトピーに悩まされました。

自分では気が付かなったのですが、「妻」の言葉で「気づかされました」

「水道水」が悪いのではなく、「八戸市以外の水道水が、体に合わない」ことを・・・・

私だけかも?しれませんが、43歳になった今でも、他県の水を飲むとお腹を壊すので、飲食店でも極力飲まないようにしています。

上記アクションを改善したら嘘のようにすぐに良くなりました。

それ以後アトピーで皮膚科には1回もいってません。

今でも行っていることは

  • 水道水を飲まないこと

だけで

保湿も、食事制限もしていません。

お肌ツルツルどころか油ぎってピッカ、ピッカです。

私の本当につらいアトピーを治すきっかけをくれた「妻」は就労・自立支援ひらくの生活支援員の「塩崎直子さん」です。

特殊な洞察力があるとかではなく、「ただただ、アトピーに悩んでいる私に向き合って改善提案をしてくれた」

結果だと思います。

次に大事なことは「自分が変わりたい、治したい、変えたい」と強く思ったことです。

私、個人の特性を見ぬいて、生活習慣のアドバイスで「とても苦しかったアトピー」から救ってくれました。

*一般的ではないから皮膚科の先生も分からなかったことです。

就労・自立支援ひらくの生活支援員の「塩崎直子さん」は私の人生を変えてくれた「根っからの生活支援員」です

今では「ひらく」を信じて通ってくれている方々、毎日一生懸命支援しています。

仕事、働くことの悩みを就労・自立支援ひらくの生活支援員の「塩崎直子さん」に談してみませんか?

ABOUTこの記事をかいた人

あなたの不安・悩みを誰よりも一生懸命、一緒に考るのが私達です。 「ひらく」に通うと、自分以外に自分の事を考えてくれる人が圧倒的に増えます。 社会人になると自分にアドバイスしてくれる人がいなくなりますから「ひらく」に通っている2年間は非常に貴重な時間となると思います。 就職支援はもちろんですが、これからの人生が良くなるよう向き合います。 考え方→発言→行動→習慣→性格→運命が変わるきっかけになると思います。